真夜中の森を歩いている。
「ねえ、いつになったらこの森から出られるの?」
 隣を歩いている葵が訊いてきた。
 しかし、そんなことを俺が知るわけもなく、葵の問いかけに答えずに歩き続ける。
 葵も答えを期待していなかったの  か、それ以上は何も言わなかった。
 辺りは静まり返っている。俺達二人の歩く音意外には、何も聞こえてこない。
 風が吹いた。気づくと隣にいたはずの葵がいない。後ろを振り返ると、少し後ろで葵が立ち止まっていた。
「正伸……あれ!」
 葵が森の奥を指差しながら言った。その方向に目をやる。暗闇の森の中に、真っ赤に光る二つの点があった。徐々に点が近づいてくる。そしてそれは 木々の隙間から射し込む月光を浴びて姿を現した。
「狼!」
「いや、違う! 狼にしては大きすぎる!」
 真っ赤に光る目、鋭い爪、狼の三倍の大きさはあるだろうか。そいつは涎をだらだらと垂らしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「正伸、どうするの? ……」
 葵の声は震えている。
「逃げるぞ!」
 言って俺は葵の手を取って、後ろに走り出そうとした。
「正伸!」
 前方に赤い点が見える。
「くそ、こっちだ!」
 今度は右に向かって走り出そうとした。
 前方に赤い点がみえる。
「正伸こっちにも……」
 周りを見回した。いつの間に囲まれていたのか、俺達の周りには無数の赤い点があった。少しずつ、赤い点と俺達との距離が狭まっていく。そしてそ のうちの一匹が、唸り声を上げながら飛び掛ってきた。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。事の発端は一本のテレビゲームソフトだった。


 The world in a game
〜第1話〜


「まったく、ちょっとは片付けたら?」
 葵が俺の部屋を見て言った。
「いいだろ別に、俺の部屋なんだから」
「いつ来ても散らかってるんだから」
 葵とは家が近所で、幼稚園の頃からの付き合いだ。昔からよく遊んだ。高校生になった今でもたまに遊ぶ仲だ。
 そしてその日も、葵が俺の家に遊びに来ていた。
 部屋の東側にある窓から夕日が差し込んで、俺の部屋の中を赤く染めていた。
 葵の言う通り、俺の部屋は散らかっている。
 五畳の部屋に勉強机とベッドがあり、床には雑誌、スナック菓子の袋やペットボトルが散乱していて、座れるスペースがない。
「あんた、よくこんな部屋で生活できるわね」
 葵が呆れたように言った。
「誰でもできる」
「あんただけよ」
 葵はそう言いながら、ベッドの上に腰掛けた。俺もその隣に座る。
「あんた、勉強のほうはどうなの?」
 葵は俺の方を見ないで言った。
「俺の親父みたいなこと言うなよ」
「うるさいわね。で、どうなの?この前の期末試験の結果」
「まあまあだったけど、お前は?」
「私? 私は物理以外は、九十点以上だったわよ」
 小悪魔は勝ち誇ったような顔をしている。
 それが言いたかったのか。テストが終わるといつもこうだ。ちょっと頭が良いからといってそれを自慢する。
「ああそうですか」
 俺はセリフの棒読みのような言い方で言った。
「何よその言い方!」
 誉めなかったのが気に入らなかったのか、葵は頬を膨らまして俺を睨んだ。
「あんたはゲームばっかりやってるからテストの点が悪いのよ」
 いや、悪くはないのだが、それは言わないでおく。
「お前もやってみろよ、面白いぜ」
 今までにも散々勧めてみたが、そんなものをすると「あんたみたいに頭が悪くなる」のだそうだ。
「嫌よ」
 予想通りの答えが返ってきた。
「あんた昔からゲームやってるけど、飽きないわけ?」
 本当にわからないといった顔で訊いてくる。
「ずっと同じのをやってるわけじゃないからな」
「そっか」
「最近のゲームは絵がすごく綺麗だし、キャラクターが喋ったりもするんだぜ」
「そうなの?」
「ちょっと見てみるか?」
「うん、見るぐらいなら」
 葵の返事を聞くと、俺はまずテレビの電源を入れた。そして散らかっている床の中に埋もれているゲーム機を取り出し、机の上に置いてあった昨日説明書を読んだだけで、買ってからまだ少しもプレイしていないゲームソフトをゲーム機にセットし、ゲーム機のスイッチを押した。
「これはどんなゲームなの」
 俺がゲームのセッティングを終えて、ベッドの上に腰掛けようとしたところで、葵が訊いてきた。
「簡単に説明すると、勇者が魔王を退治するっていうゲームだ」
「ふうん」
 葵はまるで興味なさそうに言った。
 テレビの画面が変わる。まず始めにこのゲームを作った会社のロゴが、画面にでかでかと表示された。そしてゲームのタイトル画面が表示され、タイ トルの少し下の方にPRESS START BUTTUNと表示がある。俺はコントローラーのスタートボタンを押した。
 するとテレビ画面からの強烈な光で、俺の部屋は真っ白になった。
「ちょっと正伸、眩しいんだけど」
「おかしいな、何なんだよこの光は」
 俺がそう言うと光は急激に弱まっていった。そして目を開けると、そこは真夜中の森だった。
「最近のゲームって凄いのね」
 葵はまだ少し眩しそうに目を細めていた。
「んなわけねーだろ!」
 おかしい。さっきまで俺の部屋にいたはずだったんだが、どうなっているんだ。わけがわからない。途方に暮れている俺を見て、葵も事態がおかしいことを悟ったようだ。
「どうするの?」
 不安そうに俺を見ながら葵が言った。
 どうしよう……。
「………………………………」
「どうやったら帰れるの?」
「…………………………………………………………」
「とりあえずこの森を出ようよ」
「……どうやって?」
「歩いてたらそのうち出られるでしょ」
 どうしてそんなに楽観的に物事を考えられるんだろう。
「でも……」
「じゃあ、どうするのよ? 他に何か良い案でもあるわけ?」
「それはそのう……」
「じゃあ、決まりね」
 半ば無理矢理に決めて、葵はすたすたと歩き出した。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
 仕方なく葵の意見に従うことにした。
 俺達は真夜中の森を靴も履いていないままに歩き出した。そして今、正体不明の獣に襲われているのだ。

「きゃーーーーーーーーーー!」
 葵が叫び声を上げる。
 空中に飛んだ獣の影が、俺達に覆い被さる。そして獣は、鋭い牙が剥き出しになっている大きな口を限界まで開け、涎を飛び散らせながら餌に食らい つこうとした。
 葵は叫びながら頭を両手で押さえて、その場にしゃがみ込んでいる。俺は恐怖のあまり足が震え、動けないでいた。
 もう駄目だ。そう思った時、月光に何かが反射して光った。
 その瞬間、獣が煙を上げながら消滅していった。そして獣は宝石のようなものに変化した。
 白銀の鎧に身を纏った男が、剣を振るった状態で月明かりに照らされている。
 それは幻想的な光景だった。映画のワンシーンのようでもあった。
「大丈夫かい?」
「え? あ……え……っと」
 いきなり質問されて咄嗟に言葉が出ない。
 その時、俺達の周りを囲んでいた獣たちが一斉に飛び掛かってきた。
「シルフィ!」
 白銀の剣士が叫んだ。
「まかせて!」
 白銀の剣士の呼びかけに誰かが答えた。
 次の瞬間、獣たちの群れは炎に包まれた。一体目の前では何が起こっているのだろう。 そして獣たちは一瞬にして消滅し、宝石のようなものに変化 した。
「正伸? ……」
 葵が恐る恐る目を開けて周りを見回す。そして何が起こったのかわからないという顔をしている。それは俺も同じだった。
「大丈夫だったかい?」
 白銀の剣士がさっきと同じ質問をしてくる。
「ああ、大丈夫……」
 今度は何とか答えられた。葵の方を見ると、目を丸くして白銀の剣士を見ている。
「君の方も、どこも怪我とかしてないかい?」
 白銀の剣士に質問され、葵ははっと我に返ったように
「え? ……あ……はい……大丈夫です」
 と答えた。
 後ろの方から足音が聞こえてくる。振り返るとそこには少女がいた。白いローブを着ている。ローブの胸の辺りと袖のところには、青色の刺繍で何かの模様が描かれている。ローブの下にも着込んでいるのだろう、ローブの袖口から薄茶色の服が見えている。首には金属製のネックレスをしている。 そのネックレスの中心には水色の宝石がついている。右手には少女の身長程もある、長い杖を持っている。杖の棒の部分は青緑色で、先の部分は、菱形の形をした銀色の金属が付いている。その菱形の中心には、透明な水晶のようなものが付いている。腰の辺りまである長い黒髪。澄んだ瞳。雪のよ うに白い肌が、月明かりに照らされていた。
「二人とも大丈夫みたいだ」
 白銀の剣士の言葉を聞いて、少女は安心したように微笑んだ。
「よかった」
 少女は安堵のため息を吐きながら言った。
 俺達は呆然と二人を見ていた。
「とりあえずここは危ない。安全な所へ移動しよう」
 訳がわからないまま、俺達は二人の後についていった。
 白銀の剣士の言う安全な場所に着いた。獣に襲われた場所からそんなに遠くない所にあった。しかし、全然安全そうには見えなかった。そこは森の中にある、少し開けた場所だった。こんな所にいたら、またさっきみたいなのに襲われるのではないかと思った。
 俺が不安そうにしていると、ここには結界が張ってあって、さっきのような獣にはここは見えないのだと、少女が教えてくれた。
 開けた場所の中心に向かって少女が杖を振りかざすと、いきなりそこにあった薪木に火が点いた。さっきの炎もこの少女がやったのだろうか? 
 俺達四人はその火を囲んで座った。
「君達は何であんな所にいたんだい?」
 白銀の剣士が訊いてきた。
「いや……、自分の部屋にいたはずなのに、いきなりこの森の中にいて、それで……」
「……どういうこと?」
 少女に訊き返されたが、混乱していてうまく説明できない。
「私達、テレビゲームをしようとして、そしたらテレビから光が出てきて、眩しくて目を瞑って、そして光が収まって目を開けたら、何故かこの森にい たんです」
「テレビゲームって?」
「ほら、テレビを使ってやるゲームだよ」
「そのまんまじゃない」
 葵につっこまれてしまった。
「マリオとかファイナルファンタジーとかドラゴンクエストとか、テレビのCMで見たことぐらいはあるだろ?」
「テレビって? CMって? 一体何のことだい?」
 話が噛み合わない。
 俺はさっきから違和感を感じている。俺はこの二人と初対面のはず……なのに俺はこの二人のことを知っているような気がする。何故だろう? 
 さっきは暗い森の中でよく見えなかったが、焚き火の火に照らされた二人の顔を改めてよく見てみる。二人とも俺達と同い年ぐらいだろうか。……… …思い出した。この二人は……。
「とにかく気づいたら、いきなりこの森にいたんです」
「そう……」
 白銀の剣士と少女はここで寝ていたのだが、近くでかなりの数の獣の気配がしたのでそこに行ってみると、俺達が襲われていたのだそうだ。
「まあいい、二人とも疲れているだろう? とりあえず今日はもう休もう」
 そして俺達はそこで眠ることになった。よっぽど疲れていたのだろう、目を瞑るとすぐに夢の世界に行くことができた。

 朝、目が覚めるとそこは森の中だった。一晩寝て起きたら昨日の出来ことは全て夢で、自分のベッドの上で目が覚めるんじゃないかと思っていたのだ が、そうはならなかったようだ。信じたくは無いが、これは現実らしい。
 葵はまだ寝ていた。仰向けで大の字の状態で寝ていた。葵が呼吸をする度に、葵の腹の辺りが上下している。安心しきった寝顔である。昨日の不安そ うにしていた葵が嘘のようだ。
「おはよう」
 地面に足を投げ出し、上半身だけを起こして、葵を見ていた俺の背後から声がした。少女だった。
「おはよう」
 俺は後ろを振り向いて答えた。
「よく眠れた?」
「ああ……」
「そう、それは良かった」
 少女と白銀の剣士はすでに起きていた。
「とりあえず森を抜けようと思うの。この森を抜けた先に町があるから、とりあえずそこに行こう」
「ああ……」
 俺は葵を起こした。葵はまだ寝たりない様子だった。眠たそうに目を擦りながら、辺りを見回してため息を吐いた。どうやら俺と同じことを考えてい たようだ。
 俺達は町を目指して歩き出した。靴を履いていないので、小石やら何やらを踏んで痛かった。
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったよね?」
 前を歩いていた少女が後ろを振り返りながら言った。
「私はシルフィ、あなたは?」
「俺は正伸、でこっちが」
「葵です」
「僕達に対して敬語使わなくてもいいよ」
「それじゃ遠慮無く、よろしくねシルフィ、とそれから……」
「ジン」
 俺が白銀の剣士の名前を葵に教えた。
「あれ? 何で僕の名前を知っているんだい?」
「いや、何となくジンかなって……」
「あ……そう」
 ジンはそれで納得したようだ。
「ジンもよろしく」
「こちらこそ」
 自己紹介が終わった。俺の隣を葵が歩いている。俺達の少し前をジンとシルフィが並んで歩いている。前を歩く二人に聞こえないように、小声で葵に 言った。
「葵、俺達はどうやらゲームの世界に迷い込んだらしい」
「ええ! どういうこと?」
 葵の声は前の二人にまで聞こえた。
「うん? どうしたんだい?」
「いや、何でもない」
 ジンとシルフィは怪訝そうに俺達を見ていたが、俺が首を横に振ると再び前を向いた。
「声がでかい!」
「だって!」
 葵はそう言って口を押さえ、前の二人に聞こえていないのを確認すると、俺の方を向いた。
「どういうこと?」
「さっき俺がジンの名前を当てたのは偶然じゃないんだ。知ってたんだ」
「どうして?」
 葵が小声で訊いてくる。
「俺がお前に見せようとしたゲームの主人公なんだよ、あの二人は」
 そう。どこかで見たことがあると思ったら、説明書にあの二人の写真が載っていたのを思い出した。しかし、写真に写っていた彼らはCGだったのに、今目の前にいる二人を見ても、とてもじゃないがCGには見えない。本物の人間に見える。最近のゲームはCGもかなり綺麗になってよく出来てはい るが、それでもやっぱりCGはよく見てみると本物ではなく、これはCGだとわかる範囲だ。それなのに前を歩いている二人は本物の人間に見える。 この森の木だってそうだ。これはどういうことだろう? 考えてみてもわからなかった。
「最近のゲームキャラクターってこんなにリアルなの?」
「いや、こんなにはリアルじゃない」
「それってどういうこと?」
「わからない」
 急に視界が開けた。森を無事に抜けられたようだ。俺達のいる位置は小高い丘になっていて、下の方に町が見えた。丘の下の方は、芝生のような緑の 草で覆われていた。見上げてみると、見渡す限りの青い空が広がっていた。
 「おーい、正伸!」
 葵が遠くの方から手を振っている。俺が立ち止まって風景を眺めている間に、三人は百メートルぐらい先に行っていたようだ。
 俺は三人の方に向かって走った。

 まるで外国にでも来たみたいだった。明らかに日本ではなかった。しかし、ここは外国ではないことも明らかだった。煉瓦造りの家々。電信柱が一つ も無く、道もアスファルトではなく、土に覆われている。
 道を行き交う人々を見ても、服装が現実世界の人とは違った。まるでコスプレパーティでもやっているのではないかと思える服装をした人々。車も自 転車も見当たらない。やっぱりここは現実世界とは違うのだなと改めて思い知らされる。
「どうしたの? 何か珍しいものでも見つけた?」
 物珍しそうに町の様子に見入っていた俺達に、シルフィが不思議そうに訊いてきた。
「ああ、何もかもが珍しい」
「うん、何もかもが珍しい」
 葵も間抜けな顔で町を見ながら答えた。
「別にこの町は変わった町ではないと思うけど……」
 シルフィは改めて町を見回して、また不思議そうな顔をこちらに向けた。
 ぐうううううぅぅぅ。
「あっ!」
 葵は恥ずかしそうに腹を押さえた。
「ははははは、とりあえずレストランに行こうか」
「恥ずかしいやつだな、おまえは」
「だ、だって、昨日の夜から何も食べてないんだもん!」
 赤面しながら必死に言い分けをしてくる。
「正伸だってお腹空いてるでしょ?」
「空いてるけど、人前で腹の音を、そんなに大音量で出すなんて、はしたない真似はしない」
「う、う、う、うるさい、うるさい!」
 ジンとシルフィはそんな俺達を見て、終始笑っていた。

「うーん……」
 俺はレストランのメニューと格闘していた。
「うーーーーーー……」
 隣でも一人格闘している奴がいる。
 そんな俺達の様子をジンとシルフィが不思議そうに眺めている。
「どうしたんだい?」
「……字が読めない」
「勉強しなかったの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……。葵、お前英語の成績良かったよな?」
 隣で眉間に皺を寄せてメニューを見ている葵に訊いた。
「この文字がアルファベットに見える?」
「…………見えない」
「はぁぁぁぁ…………」「はぁぁぁぁ…………」
 俺達は同時に溜め息をついた。
「それなら私達で勝手にお料理を注文してもいい?」
「お願いします」「お願いします」
 俺達は同時に額をテーブルにつけた。

 料理が運ばれてきた。原材料がわかる料理が一つも無い。しかし、文句を言っている場合ではない。とにかく腹が減っていたからだ。俺と葵は夢中で 食べた。そんな俺達をジンとシルフィは、また不思議そうに見ていた。
 美味かった。あの料理に使われている原材料は敢えて訊くまい。
 食事を終え、幾分か落ち着いてからジンが訊いてきた。
「君達はここらの人間ではないように見えるけど、どこから来たんだい?」
 俺は自分のいた世界から何故だかわからないが、この異世界へと飛ばされてしまったと説明した。
「本当なの?」
 シルフィが当然の疑問をぶつけてくる。
 信じてもらえるとは思わなかった。でも真実を言う以外に、何を言えばいいというのだろう。
「信じてもらえないかもしれないけど、本当なのよ」
 葵は真剣な目をして言った。ジンとシルフィは顔を見合わせた。
「あなた達の着ている服は見たことないし、あんな真夜中に森にいたのもおかしいし、さっきからのあなた達の行動を見ていても、嘘を言っているよう には思えない…………うん、私信じる」
「俺も信じる」
 あっさり信じてもらえた。
「悪い人には見えないしな」
「それで、元の世界には帰れるの?」
「…………………………」「…………………………」
「……じゃあさ、私達と一緒にこない? 私達、いろんな場所に行ったりするから、もしかしたら元の世界に戻れる方法、見つかるかもしれないよ」
 優しい笑顔でシルフィがそう言ってくれた。
「え? ……でもいいの?」
 葵が遠慮がちに尋ねる。
「うん、君達が良ければね」
「正伸、どうする?」
 どうするもこうするも、一緒に行く以外に選択肢は無いと思った。
「俺は一緒に行きたい。シルフィの言う通り、いろんな所に行けば、元の世界に戻れる方法が見つかるかもしれないしな」
「…………そうだね」
「じゃあ決まりね」
 こうして俺達はジンとシルフィと一緒に旅をすることになった。
 俺はこの世界がゲームの世界だということをジンとシルフィに言わなかった。それはまだ俺自身が受け入れきれていないからだ。それにそれを言って しまうと、何かが壊れてしまうような気がした。その何かというのはわからなかったが、そんな気がした。俺がこの世界がゲームの世界だということ を、二人に説明しなかったことについて、葵は何も言わなかった。葵も俺と同じ気持ちだったのかもしれない。

「二人は何で旅をしてるんだ?」
「伝説の女神像を探してるんだよ」
「何のために?」
「王様が伝説の女神像を見つけた者には賞金一億ヴェルを与えるって言い出したからさ」
「じゃあ、二人はトレジャーハンターなのか?」
「そうよ」
「でも、王様は何のために、伝説の女神像を探させているの?」
「それはわからないんだ。王様はとにかく探せということしか言ってないからね。とにかく、僕達は賞金目当てで探してるんだよ」
「じゃあ、他にも流してる奴らがたくさんいるってことか?」
「そうね、何せ賞金が一億ヴェルですもの」
「それはやっぱり大金なのか?」
「うん、それだけあれば、余裕で一生遊んで暮らしていけるぐらいの額だね」
「へえ、そりゃ凄いな」
 …………………………
「正伸、正伸ってば! ほら、何ぼーっとしてるのよ、人にぶつかるわよ」
「え? あ、ああ……」
 俺達四人は町で買い物をしていた。俺達の服装では目立ちすぎるし、これから旅をするというのに靴すら履いていない。
「ねえ葵ちゃん、これなんか似合うんじゃない?」
「そうね、でもこっちのも可愛いよ?」
 葵とシルフィはすっかり打ち解けていた。

「これなんかどうだい? 正伸」
「うん?」
「これは初心者でもわりと使いやすいよ」
「そうなのか?」
 俺とジンは武器屋に来ていた。
 何かあった時のために、持っておいた方がいいとジンに言われたからだ。
 当たり前だが武器屋を初めて見た。いろんな形状、大きさの剣や槍や弓矢などが所狭しと陳列している。こんな店があるということは、やはり危険が 多い世界なのだろうか? 
「ああ、で、どうするんだい?」
「武器のことはよくわからないからジンにまかせる」
「そっか、じゃあ僕が一番初めに使ってた、これにしよう」
 ジンはそう言うとレジに一本の剣を持っていった。
 会計を終えると俺にその剣を手渡した。
「どうだい?」
「おお!」
 俺は感動した。これが本物の剣か。ちゃんばらごっこをやったことがある人にしかわからないこの感動、男の浪漫だ。そういえばここはゲームの世界 だったな。じゃあこの剣は偽物なのだろうか? 
 その剣は柄の部分が黒色で、刃を下にしてみると、十字架の形に見える、剣道で使う竹刀より少し短いくらいの長さの、細身の西洋風の剣だった。以 外と軽く、ジンの言う通り初心者でも扱いやすそうだった。
「これは良い剣だ!」
 剣のことをよく知らないくせしてそう言った。
「気に入ってもらえて良かったよ」
「おう、……でも悪いな、代金も払ってもらって」
「気にしなくていいよ。お金には余裕があるからね。昨日の魔物も結構な額になったし」
 この世界では魔物は死ぬ時に宝石になるらしい。それらは換金できるのだという。

「わあ、あれ何? 可愛いい……」
 葵達と合流して宿屋に向かう途中、葵が目を輝かせて、動物を連れて散歩している若い女性を見ていた。
「ああ、なかなかの美人だな」
「違うわよ! あの人が連れてる動物よ!」
 その動物は、飼い主の女性の膝までの体長で、大きな耳につぶらな瞳。狐のような顔をしていて、水色の毛並みをした小動物だった。丸い大きな尻尾 をふりふりしながら、飼い主の女性の横に並んで二足歩行をしている。
「ねえ、あれ何?」
「あれはクリネムっていう今人気のペットよ」
「あれは人を襲わないのか?」
「あれは魔物じゃなくてペットだから襲わないわ」
 この世界では、動物は魔物とペットというふうに分けられているようだ。
「あんな可愛いのが人を襲うわけないでしょ!」
 ちょっと疑問に思ったから訊いただけなのに、怒られてしまった。
 何故女は、自分が可愛いと思うものをけなされると必要以上に怒るのだろう。女にとっては必要以上ではないのかもしれないが。
「その服よく似合ってるじゃないか」
 俺は話題を逸らそうとした。
「そう? ちょっと派手だけど、この世界の服も悪くないわね」
 俺もそうだが葵の服も、アニメかゲームのコスプレのような服だった。しかし、町の人達も、こんな服装をしている人達ばかりなので目立たない。気 分はすっかりゲームの主人公だった。
「あんた、剣は買ったのに鎧は買わなかったの?」
「重くて動きづらいからな」
「だらしないわね」
 せっかく話を逸らしたのに、また怒られてしまった。

 俺は宿屋のベッドの上で、両手を頭の後ろで組んで、仰向けに寝転がっていた。
 丸一日、町をぶらついてわかったこと。それは、この世界が限りなく現実の世界と変わらないくらい、リアルだということだ。
 この世界は本当にゲームの中の世界なのだろうか? ジンもシルフィも道行く人々も、本物の人間にしか見えない。楽しそうにおしゃべりしながら歩 く人、レストランで食事をしている人、ジンもシルフィも何度か笑っていた。彼らはプログラムされていて、プログラム通りに動いているだけなのだ ろうか? あの笑顔も何もかも全てが嘘なのだろうか? 今日買った服の布の感触、剣の金属部分のあの冷たさ、あれはどう説明する? 太陽の日の 光の暖かさは? レストランで食べた料理もちゃんと味がしたし、お腹も膨れた。………………わからない。やっぱりわからない。もう、このことに ついて深く考えることはやめにしよう。とにかく、一刻も早く元の世界に帰りたかった。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

 なんだか眠れないので夜の町を散歩している。
 まだちょっと信じられない。私達がゲームの中の世界に迷い込んでしまっただなんて。それはこの現実を受け入れられないという意味と、もう一つの 意味。この世界は本当に
 "ゲームの中の世界"なのだろうか? 建物や人々だってこんなにもリアルなんだもん。ちょっと信じられない。
 ここは異世界であるのはたしかなんだろうけど、ゲームの中の世界ではなく、他の異世界なのではないだろうか? それならわかる。でもこんなにリ アルなゲームの世界は受け入れ難い。正伸も最近のゲームでも、こんなにはリアルなゲームは無いと言っていた。どういうことだろう? 
 まあ、そんなことは考えるだけ無駄だ。そんなことより、昼間見たクリネムっていう小動物。可愛かったなあ……。欲しい。飼いたい。あんな可愛い 動物は現実世界には存在しない。クリネムの存在だけで、この世界も悪くないと思えてくるぐらいだ。元の世界に帰る時に、あのクリネムを連れて帰 れないかなあ……。
 そんなことを考えながら歩いていると、町の広場に出た。そこには昼間見たクリネムとは比べ物にならないくらい、大きなクリネムがいた。二メート ルはあるだろうか。口の周りには、滴り落ちる程の血がべっとりと付いている。
 そのクリネムが裏拳で正伸をぶっ飛ばした。

           ◆◆◆◆◆正伸の視点◆◆◆◆◆

 腹部に激痛が走る。奴は軽く腕を振っただけで、俺を三メートル程ぶっ飛ばした。昼間見たのとはえらい違いだ。今の奴は可愛さの欠片も無い、昨日 の狼みたいなやつと何ら変わりのない魔物だった。
「ペットは人間を襲わないんじゃなかったのか?」
 俺は誰に言うでもなく呟いた。こんなことになるのなら、部屋で大人しくしておけば良かった。なかなか寝付けなかったので、散歩をしていたところ を襲われたのだ。町の中は安全だと思って、昼間に買った剣は部屋に置いてきていた。
 見るからにすばしっこそうだ。逃げ切れる自信が無い。かといって戦って勝てる自信も無い。………………どうする?
 奴が前傾姿勢をとった。そして俺に向かって、二足歩行のまま飛び掛かってきた。俺は昨日と同様に動けなかった。奴はもう俺の目の前まで来ていた 両手を上げて、俺を捕まえようとする体勢をとった。そしてそのまま俺の目の前で仰向けに倒れた。
 葵は地面に両手をついて、奴の顎に蹴りをくらわせた。そのまま両足で奴の胸元を蹴った。
 葵は幼稚園に通い始めた頃から格闘技を習い始めた。空手、テコンドー、クンフー、太極拳、カポエラ、蛇拳、などなど、今ではいろいろな格闘技の 段位を取得している。
 最初の方は、大会で優勝した時にもらった優勝トロフィーや盾、賞状などは自分の部屋に飾っていたのだが、小学四年生ぐらいの時からは、それらが 増えすぎて、家の物置に乱雑に置くようになった程の格闘技の達人なのだ。
 いらないからと言って、俺の誕生日に優勝トロフィーをくれたこともあった。もう物置にも入りきらず、最近では大会で優勝すると、俺の部屋にトロ フィーやら何やらを置きにくるようになった。そのため、俺は何もしていないのに、俺の部屋はトロフィーや盾や賞状だらけになっている。
 久々に葵が戦っているところを見た。最後に見たのはいつだっただろう。小学生の頃、子猫を虐めていた男子高校生達数人を、ぼこぼこにした時だっ ただろうか? それとも昔、大会へ応援をしに行った時だっただろうか? 最近は応援をしに行かなくなった。どうせ葵の優勝に決まっているのだか ら。
 巨大クリネムは葵のサンドバッグと化していた。自分を襲った巨大クリネムが可哀想に思えたぐらいだ。
「グオオオオオオオオオオ!」
 葵の止めの二段蹴りが決まった。二メートルのクリネムは二メートル程ぶっ飛んだ。葵の強さはこの世界でも十分通用するようだ。
「大丈夫だった?」
「おかげさまで」
「どこを噛まれたの?」
「へ? どこも噛まれてないけど……」
「だってあのクリネムの口の周り」
「ああ、でも俺は噛まれてない」
「そう……じゃあ他にも襲われた人がいるっていうこと?」
「多分な」
「正伸君、葵ちゃん!」
 シルフィが慌てた様子で、俺達に向かって走ってきた。
「二人とも大丈夫だった?」
「何とか」
「まだ何匹か町の中にいるの。今、私とジンや他のトレジャーハンターの人達皆で退治してるんだけど。危ないから避難していて」
「わかった。ところで、クリネムはペットだから人は襲わないんじゃなかったのか?」
「ええ、その通りよ。ペットは人を襲ったりしないわ。あれはクリネムじゃないの。クリネヌっていう魔物なの」
「…………………………………………」

 眠い。昨日はあの騒動のせいで、ほとんど眠れなかった。あいつらはたまに餌を求めて、山から町に下りてくるのだそうだ。これからは常に剣を持ち 歩くことにしよう。何が起こるかわかったもんじゃない。とにかく、目の前の朝食を食べてエネルギーを供給しよう。眠いし、疲れてもいた。
「……これからどうするの?」
 葵も眠たそうだった。
「ここから少し行った所に港町があるの。そこから船に乗って、違う大陸に渡って情報を集めようと思うの」

 港町までの移動手段はやはり徒歩だった。この世界には電車も車も無いようだ。
 遠くの方に山が連なっているのが見える。それ以外は見渡す限りの草原だった。その中を四人で歩いている。
「ねえ、二人の元いた世界ってどんな世界なの?」
 指を絡ませた両手を雲一つ無い空へと向けて、気持ちよさそうに伸びをしながらシルフィが訊いてきた。
「魔物がいなくて、猫っていうクリネムに負けないくらい可愛い動物がいる世界よ」
「もっと他に説明の仕方があるだろ」
「間違ったことは言ってないでしょ?」
「それはそうだけど」
 そういえばこいつは昔から物の見方が偏りすぎる奴だった。
「猫、見てみたいな」
 シルフィは穏やかに微笑みを浮かべ、遠くを見るような目をしていた。
 シルフィの横顔。綺麗だった。さすがはゲームのヒロインだ。少し大きめの目、ふっくらとした唇、小さめの鼻、風にたなびく長い黒髪、白い肌。言うまでもなく小顔だった。文句の付け所が無い。
 もしゲームの中のヒロインが現実にいたら。なんてことを考えたことがあったが、まさにそれは今、目の前にいるシルフィだった。こんな感じなんだ、と思った。
「うん? 私の顔に何かついてる?」
「え? いや……ごめん……何でもない…………」
「…………そう」
 いつの間にか俺はシルフィの顔に見とれていたようだった。
「うん、何でもない。……あっ、荷物俺が持つよ」
 食料などの荷物を、ジンとシルフィだけが持っていることに今気づいた。
「え? いいよ、そんなに重くないから」
「でも悪いよ。旅に連れていってもらっておいて荷物も持たないだなんて」
「そう? じゃあ半分持ってくれる?」
「ああ」
 そう言ってシルフィは俺に半分だけ荷物を差し出した。俺はそれを受け取ろうと手を伸ばす。
 俺の手がシルフィの手に触れた。その手は柔らかく、温かかった。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

 正伸が気づくまで、私も気づかなかった。
「私も持つよ」
 私は慌ててジンが持っている荷物の半分を、半ば無理矢理にジンの手から取った。
「ありがとう、葵さん」
 ジンは私に優しく微笑んだ。何故か胸の鼓動が早鐘を打ち、顔が熱くなった。

           ◆◆◆◆◆正伸の視点◆◆◆◆◆

 町に着くと、どこからともなく潮の香りがした。
 港へ行く途中、魚屋を見かけた。知っている魚は売っていなかった。予想通りだった。 港に停泊している船は、どれも船体のほとんどが木で出来て いた。中世RPGに出てくるような船だ。
 ゲームの中の世界に、一度でいいから行ってみたいと思っていた俺は一人感動していた。自分は今ゲームの中の世界にいるのだと。昨日は早く帰りた いと思っていたのに。
 港には大勢の人がいた。いかにも漁師な人。今から違う大陸へ旅立つ人。旅立つ人を見送る人。大きな荷物を背中に背負っている人、商人だろうか? 違う大陸から持ってきた品々を売りに来たのだろうか? この世界の人々も普通に生活しているのだなあと、ふと思った。

 俺達は船に乗り込んだ。俺達の乗った船は、船長が三十メートル程の大きさだった。船には俺達以外にも、乗客が十数人程乗っていた。
 違う大陸へは数日はかかるらしい。
 船の中もやはり木造だった。俺は荷物を部屋に置いて甲板に出た。そこには二本の長い丸太が空に向かって伸びていた。片方は船の前の方に、もう片 方は後ろの方に。その長くて太い丸太の上の方には、見張り台と丸太に垂直に小さめの丸太が付いていた。そこから白くて巨大な布が、下に向かって 張られている。白い布は風を受けて、弧を描くように膨らんでいた。
 空は快晴で、海の風を全身で受けると、とても気持ち良かった。見渡す限りの海。遠くに広がる地平線。この世界でも海は広かった。
 と思ったのは最初だけだった。船に乗ってから三十分と経たない内に、俺は船酔いになっていた。船が大きく波に揺れる度に吐きそうになった。この 船旅が数日はかかると考えると、気絶したくなった。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

 昼間の海と夜の海は全くの別物だった。昼間の海は、太陽の光を水面で反射してきらきらと、優しく穏やかな輝きを放っていて、見ていると心が優し くなっていく。でも、夜の海は黒い。月が映っている所だけが、ぽっかりと穴が開いたようになっていて、それ以外の場所はただ真っ黒な闇が広がっ ているだけだ。海と空の境目もわからない。
 このどこまでも広がる闇の中へ飛びこんだら、どこに辿り着くのだろう。永遠に闇が続いているだけなのだろうか? それともこの闇は異世界への入 り口なのだろうか? 
 甲板で冷たい夜風に吹かれながら、そんなことを考えていると、いつの間にいたのか、隣にジンがいた。
「こんな時間にこんな所で、何してるんだい?」
「考え事をしてたの」
「葵さんの世界のこと?」
 私は首を横に振った。
「海のこと」
「葵さんの世界の海と、この世界の海はやっぱり違う?」
「何にも違わないよ。私達の世界の海と、この海は何も変わらない。この海は私達の世界と繋がっているんじゃないかって、この空だって。この船の行 き着く場所は、もしかしたら私達の世界なんじゃないかって、考えてたの」
「そっか…………行ってみたいな、葵さんの世界に」
「本当にそう思う? 来たら帰れなくなるかもしれないのよ。自分の世界に帰れないってことがどんなに不安で怖いかわかる?」
「ごめん…………」
 しまった。ジンは本気でそんなことを言ったんじゃないのだろうに。何を興奮してしまったんだろう。
 その時船が大きく揺れた。私はバランスを崩してよろめいた。
「大丈夫かい?」
 ジンは右手を私の背中に回し、左手で私の肩をそっと掴んで、私の体を支えてくれた。
「あっ…………うん、大丈夫」
 その状態のままジンと目が合う。私は咄嗟に目を逸らした。
 ジンが私から離れる。
「あの……ジン……ありがとう…………」
「いや……それより……ごめんね、葵さん」
「ううん、違うの、さっきのは……その……あの」
 こんな時に限ってうまく言葉が出てこない。
「あまり長いこと、ここにいると風邪引くから、早く部屋に戻った方がいいよ」
 そう言い残してジンは船の中へと戻っていった。
 私は頬に両手を押し当てて、先程の出来事を思いだした。体中が熱くなり、顔も真っ赤になった。最悪だ。明日からはジンの顔をまともに見ることが 出来ないだろう。

           ◆◆◆◆◆正伸の視点◆◆◆◆◆

 いつの間に眠っていたんだろう。それとも気絶していたのだろうか? 目を開けるとそこにはシルフィの顔があった。
「気がついた?」
「…………………………」
 俺は確か船酔いになって、気持ち悪くなって、自分の船室のベッドの上で寝転がっていたはず。まだ夢を見ているのだろうか? 
 俺は起き上がろうとした。
「うっ…………」
 気持ち悪くて吐きそうだ。
「大丈夫?」
 シルフィが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「だっ…………大丈……夫…………じゃない………………」
 俺は起き上がれずにまたシルフィの膝の上に倒れた。
「熱があるのかな?」
 シルフィは俺の額に手を当てた。
「熱はないみたいね」
「ああ、船酔いだからな」
 俺は幾分か落ち着いてきて、冷静さを取り戻し始めていた。そして俺は、シルフィに膝枕をしてもらっていることに気がついた。
「だあああああああああ!」
 俺は飛び起きた。
「きゃあ! …………どうしたの?」
「どうしたのじゃない! 何で俺はシルフィに膝枕してもらってんだ……ていうか何でシルフィが俺の船室に?」
「暇だったから、正伸君のお部屋に遊びに行こうと思って。一応ノックしたんだけど、反応がなかったから、悪いとは思ったんだけど、勝手に部屋の扉 を開けたの。そしたら正伸君が真っ青な顔をして床に倒れていたの」
「そうだったのか」
「……うん。ごめんね」
「いや、ありがとうシルフィ」
「ううん、それより船医の人に診てもらった方がいいんじゃない?」
「いいよ、船酔いはどうしようもないから」
「でもお薬だけでも貰っておいた方がいいと思う」
「……そうだな」
「私貰って来るね」
 シルフィは扉の方に向かった。
「悪いな」
「最初から船医さんを呼んでおけば良かったね。ごめんね」
「そんなことないよ」
 シルフィは部屋を出ていった。
 そんなことない。それはシルフィをフォローするために吐いた嘘ではなかった。
 まだ後頭部にシルフィの膝枕の感触が残っていた。

 次の日の朝、目が覚めると船酔いの薬が効いたのか、気分はだいぶ良くなっていた。
 朝食の後、俺は甲板に出て海を眺めていた。今日も空はよく晴れ渡っており、海はどこまでも続いていた。
「はぁぁぁぁ……」
 隣で葵が深い溜め息を吐いていた。
「どうかしたのか? 溜め息なんて吐いて」
「別に」
「じゃあ、人の隣で溜め息を吐くなよ」
「悪かったわね」
 朝食の時もおかしかった。ずっと俯いたまま超高速ですぐに食べ終え、さっさと食堂から出ていった。
「なんかあったんだろ?」
「別に」
 葵はたまにこうなる。こうなってしまっては、俺には何も話さなくなる。ほっとくしかないのだ。俺は葵を一人にしてやろうと思い、甲板から立ち去 ろうとした。
「ねえ」
 葵が俺を呼び止めた。
「何だよ」
 葵の方を向いて言った。
「ここは一体どこなんだろうね」
 葵は俺を見ていなかった。どこか遠くを見つめるような眼差しを水面に向けていた。
「……ゲームの中の世界だろ」
「そうかな?」
「そうだろ」
 そうじゃなかったらどこだというのだ。
「私にはここがゲームの世界だとは思えない。こんなにも人や物がリアルだし。皆も 普通に生活しているみたいだし」
「でも説明書通りだぜ」
「何が?」
 葵は目だけを俺に向けた。
「登場人物である主人公のジンとシルフィ。二人の職業はトレジャーハンター。ストーリーは、二人が行く手をは阻む幾多の困難を乗り越えながら」
 そして、
「どんな願い事でも一つだけ叶えてくれる、伝説の女神像を探し出す旅を続けていく…………って」
 思い出した。
「それってもしかして!」
 俺達は顔を見合わせた。
「元の世界に帰れるかもしれない!」
「本当なの?」
 葵が急かすように訊いてくる
「ああ…………でも女神像が叶えてくれるのは、この世界で出来ることだけかもしれない」
「それってどういう……」
 葵の顔が期待に満ちた顔から不安そうな顔に変わった。
「違う世界に行くなんていう願い事を聞いてくれるかどうかはわからない。この世界がゲームの中の世界なら尚更な」
 そう、もしゲームならプログラムされたことしか実行されない。
「でも可能性は出てきたわけでしょ?」
「そういうことだな」
 俺は眉間に皺を寄せた。
「急にどうしたの?」
 怪訝そうに葵が訊いてきた。
「もしこの世界がゲームの世界なら……」
 嫌な予感がした。
「ゲームの世界なら?」
 大抵は船に乗って暫くすると魔物に襲われる。
「でもこのゲームはそういうありきたりなストーリーじゃないかもしれない」
 ドオオオオオオオオオン! 
 大きな音と同時に船が大きく揺らいだ。
「きゃあ!」「どわあ!」
 俺と葵はフェンスに必死に掴まった。危うく海に投げ出されるところだった。
 船の後方に目をやると、そこには船から離れまいと、巨大なイカが何本もの触手を船に絡みつかせていた。
 港町の魚屋には見知った形状の魚介類が一つも無かったのに、そいつはどう見てもイカだった。体長二十メートルはあるだろうか、全身をぬるぬるし た体液で包み、それは太陽の光を反射してギラギラと光っていた。
 船はぐらぐらと大きく揺れ続けている。まるで暴れ馬に乗っているようだった。フェンスを掴んでいる手を離すと、間違いなく海に落ちるだろう。俺 と葵はその場から動けないでいた。
 巨大イカは、船に絡ませている触手以外の余った触手で、船をドラムを叩くように攻撃している。
 俺達以外の乗客は、悲鳴を上げながらもやはりフェンスなどに掴まり、その場から動けないでいた。
「おい、葵! お前の格闘技でなんとかしろ!」
「無茶言わないでよ!」
「くそっ、一体どうすればいいんだ!」
「正伸! 葵さん!」
「二人とも大丈夫?」
 ジンとシルフィが甲板に出ようとしている。
「何とか……うわあああ!」
 船の揺れが激しくなってきた。早くあいつを何とかしないと船が壊されてしまう。
 ジンとシルフィは、甲板に上がってくるための階段の手摺りにしがみ付いている。
「わっ、何あれ?」
 シルフィが扉から首だけを出して、巨大イカの姿を確認した。
「あいつを何とかしないと駄目みたいだね。でもこれだけ揺れが激しいと……」
 あいつに近づくためには、フェンスから手を離さなくてはならない。もし近づけた所で追い払えそうにもなかった。でもシルフィの魔法なら、何とか 出来るんじゃないだろうか?
「シルフィ! 魔法で何とかできないのか?」
 船のぐらつく音や、波が船にあたる音が大合唱していたため、俺は殆ど叫びながら言った。
「やってみる!」
 シルフィは階段の手摺りから杖を持っている右手を離し、杖を自分の正面に持ってきて、左手だけで手摺りに掴まった状態になった。
 目を瞑り、何やら呪文を唱え始めた。
 シルフィが口を動かして何か言っていたが、周りの騒音に掻き消されて、俺の所までは聞こえてこなかった。
 シルフィの長い黒髪が激しく揺れている。杖の先端が光を帯び始めた。そしてシルフィは目を開けた。
 シルフィが巨大イカに向かって杖を振ると、杖から桃色の煙のようなものが巨大イカに向かって飛んでいった。そしてそれは巨大イカを包み始めた。 すると巨大イカは力が抜けたように動くのをやめ、ぐったりと船に突っ伏し、ずるずると海に落ちていった。
「助かったぁ……」
 俺はフェンスにもたれながらその場に座り込んだ。
「シルフィの魔法って凄いんだね」
 葵が心底感心したように言った。
「そんなことないよ、一時的に眠らせただけだから」
 シルフィはほっとしたような表情だった。
「それだけでも凄いよ」
 葵は初めて手品を見た子供のような顔をしている。
「船長大変です!」
 見張り台の上にいた乗組員が大声を張り上げた。
「今度は一体何だ?」
 白ひげを生やした船長らしき人物が甲板に出てきた。
「前方に巨大な渦潮が…………」
「何だって、船の進路を変えろ!」
「先程の魔物の襲撃で舵が故障! 進路、変更できません!」
 もう勘弁して欲しかった。
「シルフィ! 船に回復魔法を!」
「そんなこと出来ないよ……」
「……じゃあ空を飛ぶ魔法か瞬間移動の魔法だ!」
「そんなこと出来るんだったら船に乗ってないよ……」
 それもそうだ。
「どうすることも出来ないっていうの?」
「残念だけどね……」
 俺達の乗った船は成す術も無く、渦潮に呑み込まれていった。
 
 
 
 
 



 あとがき
 初めまして新米の御琴です。
 霧架「アシスタントの霧架といいます。」
 今回初めてSSを書いて見ました。
 霧架「初めてで長編なんて無謀ね」
 1話ぐらいでまとめようかと思ったんだけど長くなって…
 霧架「この話はどれくらいで終わるのかしら」
 まだわからないまだ書いてる最中だし
 霧架「がんばって次で終わらせましょうね」
 たぶん無理だと思う
 霧架「がんばればなんとかなるものよ」
 このわがままな鬼
 霧架「だれが鬼ですってこの鎌で逝ってみましょうか」
 いや、お願いだからその鎌しまってくれると嬉しいんですけど
 霧架「い・や・よ、腕と頭だけ動かせればSSは書けるでしょう」
 待って
 霧架「それでは逝ってみましょうか」
 やめて   ギャ〜
 霧架「さて、この人は置いといて」
 霧架「感想をお待ちしています。」
 霧架「それでは次の話でまた会いましょう」


御琴さん、ありがとう〜!

美姫 「ゲーム世界へと迷い込んだ正伸たちの運命は如何に」

渦潮に呑み込まれた続きが気になる〜。

美姫 「じゃあ、続きを読もうっと」

あ、待て!俺にも見せろ!

美姫 「じゃあ、またね」

続き〜。



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